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☆☆☆武水別神社  ~千曲市~

≪2017/09 火災のニュース≫

ここ武水別神社は、何度も参詣した思い出の神社です。

悲しいニュースが流れ、驚きました。


9月6日 午後6時45分ごろ、「武水別(たけみずわけ)神社  神主松田家館跡」から火が出ていると119番通報が入りました。

県指定の文化財など5棟が全焼
県警千曲署は、蜂の巣の駆除で使用した火が燃え移ったとみて調べています。
7日、焼失面積は約550平方メートルと発表。

全焼したのは、江戸時代に建てられ「県宝(けんぽう)」に指定されている「主屋(おもや)」や「斎館(さいかん)」など5棟


image武水別神社
産経ニュース


武水別神社は、善光寺平の豊穣と千曲川の氾濫防止を祈って祀られたとされています。


創建年は不詳
社伝によるとは、第8代孝元天皇(在位:孝元天皇元年(紀元前213年)1月14日 - 孝元天皇57年9月2日)の時代と記されています。
国史での初見は貞観8年(866年)で、無位から一躍して従二位の神階奉授を受けています。
また延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では信濃国更級郡に「武水別神社 名神大」と記載され、名神大社の仲間入りをしています。

武水別神社の一帯は平安時代末期から石清水八幡宮の荘園となっていました。安和年間(968年-970年)に石清水八幡宮から八幡神(相殿の3柱)が勧請されたと伝えられています。
八幡神は源氏の氏神としても知られ、武水別神社はこの地方随一の八幡宮として広く武門の崇敬を受けていました。また木曾義仲が祈願したと伝えられ、ほかにも川中島の戦い時には上杉謙信の祈願した勧請文なども残されています。


image義仲と謙信



慶安元年(1648年)には、江戸幕府から朱印地200石を与えられました。
明治に入り、それまで称していた「八幡宮」から「武水別神社」の社名に復し、近代社格制度では当初郷社に列する。明治41年(1908年)に県社に昇格しました。

また、木曽馬についても武水別神社はかかわっているのです。
1939年に軍用馬育成のために施行された種馬統制法により日本在来種の木曽馬の種馬が廃用処分になっってしまいますが、同神社の神馬として使役されていた「神明号」だけは処分を免れます。
この神馬は1950年に民間へ払い下げられ、木曽馬登録事業の1号馬として種雄馬になり、木曽馬の血統復元に貢献します。


では、ここで2015年 訪れた際の神殿狛犬様をもう一度・・・・

武水別神社001


武水別神社003


武水別神社002


武水別神社004


不用意な悲しい火災のニュースでしたが
これ以上、貴重な宝を失くさないように祈ります


ご訪問、ありがとうございました

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≪2015/02 冬≫


今年は日本海側がものすごい雪になっていますが、ここ長野も降りますね。。。
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前回は雨でしたが、今回は大雪
雪の神社も静まり返って神聖さを増します。ご覧ください。

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本殿は諏訪出身の工匠:立川和四郎(2代・富昌)によって嘉永3年(1850)に完成。

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目洗い石
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末社
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絵馬
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◆神殿狛犬
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前回は見つけることの出来なかった、神殿狛犬さまがいらっしゃいました。
奉納年などは不明ですが、宮司さんのお話によると嘉永3年の社殿完成の折に奉納されたものであろうとのことでした。

阿形は金箔が施されており、吽形は黒く漆塗りのように艶があります。
素晴らしく 威風堂々とした狛犬さまに出会えました

雪景色も また社の美しさを増しています
音なく降り積もる雪

凛とした寒さの中 心が洗われるひとときです


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2012年12月訪問時
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武水別神社(たけみずわけじんじゃ)は、長野県千曲市にある。式内社(名神大)で、旧社格は県社。現在は神社本庁の別表神社。旧称は八幡宮で、今も「八幡さま」(八幡を「やわた」と読む)と呼ばれています。

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◆一の鳥居
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◆摂社:高良社 と 手水舎
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◆末社:疱瘡社・神武天皇社・酒造祖社
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◆神輿休所
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江戸後期の建造といわれ、ここも神仏混淆で神宮寺があり、その神宮寺の行事に使われた建物です。

武水別(建水分)大神を主祭神とし、誉田別命息長帯比売命比売大神(以上八幡神)を配祀する。 武水別命は神武天皇神八井耳命―武宇都彦命―武速前命―敷桁彦命―武恵賀前彦命―建借彦命(仲国造)に続く皇統とされ田の神、山の神と結びついた水神と考えられる。なお武恵賀前彦命は武五百建命(科野国造・阿蘇国造)建緒組(火国造・伊予国造)との兄弟神とされている。

◆彫刻(神楽殿:太太御神楽の号額)
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◆さざれ石
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学名は石灰質角礫岩と称し、石灰岩が雨水に溶解され、粘着力の強い乳状液となり何千年、何万年もの間に小岩を凝結して、大きな岩になったものである。
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◆献納滝壺の石
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養和元年源氏の武将、木曽義仲が平家軍との合戦に臨んで戦勝を祈願した時、祈願文を奉持した使者がこの石に湛えられていた雨水で、具足の汚れを清めてから神前に額突いたと伝えられている。
明治維新後、廃仏棄釈によって境内を整備した際、此処に据え置かれました。


ベストショット
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雨が煙る中、しっかりと大鳥居を見据えて神社を守っておりました。
威厳のある鳩胸さんです

所在地:千曲市八幡3012

 ご訪問、ありがとうございました
       



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