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御田八幡神社 ~品川区~

和銅2年(709)、牟佐志国牧岡(むさしのくにまきおか)というところに、東国鎮護の神様として鎮祀され、延喜式内稗田神社と伝えられた。その後、寛弘8年(1011)武蔵野国御田郷久保三田(みたごうくぼみた)の地に遷座され、嵯峨源氏渡辺一党の氏神として尊崇された。俗に「綱八幡」と称する。江戸開幕のみぎり、僧快尊が元和5年(1619)現社地を卜して造営を開始し、寛永五年(1628)8月に遷座した。別当は八幡山宝蔵寺と称し天台宗に属する...
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雉子神社 ~品川区~

◆石鳥居◆社号額創建は文明年間(1469年~1487年)と言われている。村民の霊夢により大鳥明神を祀っていました。江戸時代に入り、慶長年間になり三代将軍・徳川家光が鷹狩りに来た時、一羽の白雉が社地に飛び入ったのを稀なめでたいしるしとして、家光から「以後雉子宮と称すべし」との言葉があり、「雉子ノ宮」と改称した。そして江戸社寺名所にその名を連ねた。明治維新の際に雉子神社と改められる。明治時代以前は隣接してある宝塔...
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☆☆☆品川神社 ~品川区~

◆石鳥居大正14年6月奉納登り龍が彫り込まれている珍しく、素晴らしい石鳥居です。そしてこの鳥居の台石に獅子が刻まれています。◆富士塚品川神社の富士塚は、明治2年(1869)に北品川の丸嘉講約三百人によって造られ、大正11年(1922)に第一京浜国道の建設のため一部が削られて石垣となってしまっているが、江戸時代からの富士信仰の形をそのまま伝えるものとして大変貴重ですね。富士塚への入口はこの、石段途中にある鳥居です。...
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鹿嶋神社 ~品川区~

当神社の社伝によると、安和2年(969年)に大井の常行寺の僧、尊栄法印が常陸国鹿島神宮より分霊を勧請したことに始まり、同時に別当として来迎院を建立したという。また古来より祭礼として相撲が奉納されており、渋谷氷川神社、世田谷八幡宮と共に江戸郊外の三大相撲として知られていた。現在の社殿は 昭和6年(1931年)に竣工した。旧社殿は文久2年(1862年)の造営で精巧を極めた鎌倉彫の彫刻が施されており、これを後世に伝え...
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氷川神社 ~品川区~

由緒は不明であるが、新編武蔵風土記には元禄時代には既にあったことが記録されている。桐ヶ谷村(当地の旧名)が開拓された江戸期初期の建立と推定されている。◆狛犬さま安政6年(1859)9月吉日奉納◆氷川の滝この付近は武蔵野台地の末端にあたり、湧き水が多くありました。そのような環境で氷川神社本殿の右崖に「氷川の滝」があったそうです。これは、都内七瀑布のひとつであり、嘉永4年頃(1851年)に村民が僅かに湧き出ていた泉を大...
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